身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

情報の信頼性が重要視されない日本。

 良い情報とは重要性(ニーズ)と信頼性が高い情報だと思うが、つくづく重要度ばかりが重視されて信頼性が欠如している情報が流れているのか実感した。

 

 ある口コミサイトで私の主治医が悪く書かれていて、それで最近、患者の数が少ないのだと判った。

 たしかに、指摘されていたことも一理ありと思うし、このレビューのいいところは、他の医師との比較で書かれているところだ。良い医師が見付かってよかった。

 問題は、基づく事実や理由が全く提示されていないレビューが多いところだ。敵も多ければ見方も多いではないが、私の主治医はファンが多く、今まで悪いレビューというものが、ほとんどなかった。

 良いことで埋まっているのならいいじゃん、と思うあなたは問題があると思う。それが本当に「良い」のか、どこにも理由や証拠がないからだ。

 

 資料が必要となり、ちょっとネットストーカーに私のBlogを炎上させられたときの事実の検証を行った。

 私のことを面白おかしく嘘で固めた(書いていないものを「~と書いている」などと書いたり、面識もないのにカウンセリングを頼まれたと書いたり… 呆れる)風説を流布したからなのだが、どうして、それが「流布」されてしまったのか。

 背景にあるのは三文週刊誌のようなゴシックが欲しくて、身近で、そういうネタを探していた輩が「にほんブログ村」というサイトに屯していたという事実が判った。

 この、Blogという表向きは他人様に見せる文章の体を装いながら、SNSのような慣れあいを行っているサイト見て、気持ち悪くなってしまった。

 

 結局、皆、ファクトなど、どうでもいいのである。面白おかしく、自分に都合がいい情報が欲しいのである。

 そんな、クズ情報を集めるのが好きな国民ばかりいれば、それはマスコミは客観性を失うだろうし、それがニーズなのだから仕方がないことだろう。