身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

精神病になっても人の根本は変わらない。

 数年前、私は床屋を変えた。外で切ってもらうようになってから、ずっと通っていた床屋だった。作家の星新一先生の紹介だった。

 通い始めたとき私は学生で、身長179㎝で体重65㎏という体型だった。袴田吉彦さんと、ほぼ一緒らしい(歳も1つしか違わない)。

 毎日、仙台坂上から神田駅前の専門学校まで自転車で通っていて、内風呂がなく銭湯に通っていたのだが苦にならなかった。

 成績もよく、社交的だった。私が通っていた専門学校は通知表に順位も書かれるのだが首席であった。新卒で入った会社で、女性の先輩に嫌でもモテたでしょうと言われた。

 社会に出ても、母が今はなきレナウンのOBで上質なスーツなどが手ごろな値段で手に入ったし、私もオシャレが好きだった。

 それが、病気をして変わった。まず、体重が半年で倍増した。また、自分のことで一杯いっぱいで、他人のことに気を配っている余裕などなくなった。

 そうしたら、床屋の女主人に、若いときは、あんなに優しくて格好も良かったのに、何だ、この体たらくはと言われるようになった。

 床屋の女主人にバカにされるくらいだから何くそと思いなさいと言っていたので、本心から言っていないのは判っている。

 しかし、できない。太ったときに勤めていた会社は新宿にあったのだが、勤務先が幡ヶ谷にあったときさえ自転車で通っていたのに、駅まで歩くのがやっとだった。

 自分が本来あるべき姿、それも、かなり理想に近い生活をしていたのに、それに戻れないもどかしさ。

 たとえ、どんなにハッパを掛けられようとも、できないものはできないのだ。そして堪えられなくなって床屋を変えた。

 性格が変わったのではない。病気になって本来の人間性が発揮できなくなったのだ。そして、それがハッパを掛けるくらいで治るのなら医者など要らない。