身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

よき理解者の必要性。

 今朝は、滝のような汗をかいて目が覚めることはなかったものの、肩がパンパンに張って、起きたときには疲れ果てていた。毎朝、起きると、もう、こんな苦痛に耐える生活は嫌だと思う。

 お世話になっている前任の担当保健師さんに電話をするが1日不在。管理職で忙しいのだろうが、優しさと厳しさを兼ね備えたこの人が管理職になるのは、なんとなく判る気がする。

 そして、今度は担当保健師に電話。汗をかくのは暑さだからと言って憚らなかった人物。「汗をかくのは暑さではないようです」というと話を遮って「だったら先生に言ってください」。そして、いかに暑かったか、私には自己正当化と受け取れる言い訳のようなものを続ける。

 今日は診察で、ファッショニスタ・シュリンクこと私の主治医は珍しく時間を取って話を聞いてくれたが、そうでなければ、今日1日で、ちゃんと話をした人は誰一人いなかった。

 結局、理解者がいないと思うと孤独である。孤独だと考えがあらぬ方に行ったりする。愛がなくなれば恐れもなくなる。誰が言ったのか知らないが、こういう人を「無敵の人」というそうな。

 私は、冒頭に書いた前任の担当保健師さんがいるから人生を投げ出さずにやって来れている感じがする。このBlogも数として読者が減っているわけではないが、よき読者が離れて行って、ちょっと辛い。

 よき理解者がいれば、結果が出なくても、ある程度のことには耐えられられるものだ。今日のエントリーは昨日のエントリーの補足として。「無敵の人」から怖れを失くさせないために。