身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

人間としてのポテンシャルの低さ。

 昨日のアクセス(数)は半分近くが「ほぼライブ」で、いっそBlogを分けたいが、作成可能な数3つを使い切っている。ひとつは、このBlog、ひとつは日記を打ち込んでいるもの、ひとつは文学作品の下書き。

 下書きなど「小説家になろう」あたりに移してしまえばいいのだろうが、そこで発表するものでもないし、システムが未熟で書きかけの原稿が飛んでも嫌なので、やはり「はてなブログ」が適切なサービスという気がする。テキストエディタで書いてクラウドにアップすると、バージョンの管理が面倒だし見にくい。

 さて、昨日までの3日間と違って、今日は、理性がきちんと働いている。問題は、身体が疲れ切っていることだ。そして疲れる原因が思い当たらない。昨日はカメラメーカーのサービスセンターに行き、喫茶店で小休止しただけで寄り道もせずに帰宅した。家に帰って本すら読まず、TVドラマを2本、観ただけだ。

 やっていることは、家でゴロゴロとしてTVを観ている人より少ない。パフォーマンスだけ見ればゴロゴロとしていた方が効率的である。しかし、起きたときには気分が少し落ち込んだものの、それでも充実していたからか、ヒューマンダストという気持ちはない。

 昨日、今日から頑張ります! と宣言して、ここにも書いたことも理由の一つだと思う。言霊とまではいわないけれど、書くことは考えることでもあり、同時に決意や方針の表明でもあるのだなと思った。やったらやっただけの結果が出るように実力を付けなければ。

 しかし、今日も疲れで頭が回らないところもあり、最近、読み込んでいる鷺沢萠氏の本に幼児虐待について触れた本があったよなと思うが、タイトルを覚えてなくてネットで検索する始末。最近になり、持っている本や物をAmazonウィッシュリストに放り込んでメモを付けておくという知恵を身に着けた。

 このBlogに書いた本についてさえも忘れていて、ネットで色々と検索していて随分と自分に近い感想を抱く人がいるものだと思ったら自分が書いた文章だったりする。もう、いくら自分で頑張っていますといっても、これでは駄目だろう。

 ネットサーフィンなんて昔の言葉みたいだが、そんなふうに気になることを気が済むまでネットで調べていたら1日が終わってしまった。私は午後10時に眠剤を服むので、せめて、あと1時間は本を読みますから、許してくだせぇ、お代官様。