身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

「病識」ならぬ「異常人格識」。

 昨日に引き続き今朝も午前8時前にサクッと起きる。たまに昔みたいに普通に通勤ができそうなときがある。

 昨日、引換えがあったオリンピック記念硬貨の第4次発行分だが、第3次発行分の方が2セット余分にあったので、その2セット分も貰ってきて第3次と4次の数を揃えることにした。今になって思うと、第1次や2次の分も取っておけばよかった。

 昨日も行った、寓居の目の前にある信用金庫に行ったら100円硬貨はあるが500円硬貨はないと言うので100円硬貨だけ替えてもらう。なぜかここは不思議と硬貨の枚数まで客に伝票を書かせるのだが、100円玉7枚で1,400円などと書いてしまう。

 近所の郵便局に電話をしたら、今度は500円硬貨だけ残っているという。バス停1つ分だからと思って歩いて行ったら、身体が起きていないのか意外と疲れた。こちらでは普通に処理(?)ができたが、帰りにコンビニに寄って昼食の弁当を買ったとき、すぐには食べないのに「温めますか?」と言われて、はいと答えてしまった。

 身体は起きていても、頭は寝ているんだな、これは仕事は無理だなと思う。前職の輸出貿易事務という仕事は、時間的には私に向いている仕事で、午前中は、現場の人たちが貨物を梱包して、午後は、その梱包した貨物を元に船腹の予約を入れたりするから、事務職は午後から動くのだ。
 もっとも、コンビニでの出来事は、アプリでポイントカードを出し電子マネーのスキャン画面を出し… という操作に慣れていないため、慌ててしまったこともある。今度からポイントカードはアプリの画面ではなくプラスチックカードを使ってやると誓った。

 

 さて、上の「誓った」というのは、もちろん冗談で書いているのだが、世の中、ヘンなことをしている人は、どこまでがヘンだという意識があるのだろうか。というのは私のネットストーカーが「別れの辞」なるものを送ってきたのに、まだ非公開のページや自分のFacebookで私の人格攻撃をしてきていたり、私のBlog友達のBlogのコメント欄に書いてあったぞ! とか、私のBlogから10画面近く辿らなければならないところに私の活動履歴を見付けたぞ! と高々と書いているのだ。

 この人、最初は私が医者に病気だと言われたのが心外と書いていたかと思えば今はコイツは病気ではない単なる人格異常だ(例によって最後はエクスクラメーションマーク)などと書いていて、その一貫性のなさの方が人格に疑問を感じる。また、ちょっと真っ当に反論するとビビッて削除したり非公開にしたりして、それでも止めず、私の人格が崩壊しているのなら、この人の人格は(笑)という状態だ。

 しかし、当人は、まったく変なことをしている自覚がないどころか自分が他人に物を教えたり批判できる立場だと思っていて、彼が私を病気という認識がないというのなら、彼は自分が異常人格だという認識、名付けて「異常人格識」はないのだろうかと、ふと思った。最近になり、統計学的にも異常な人間(サイコパス・自我の肥大)というのは自己愛を高める世間的風潮とともに増えているとのこと、その手の人間は、さほど不思議ではなくなった。

 私を付け回したら所属団体にクビにするといわれ、クビになっても付け回す方を選んだ上述のネットストーカー。古くはスピルバーグ映画「激突」。忘れていたが、私の周りに新たに出て来たものに、金を借りては罵詈雑言を吐いては返さないを繰り返す高校の同級生。高校の同級生については被害者は他の同級生もいるので、話し合って、その同級生が住むところの地方自治体に通報することになった。

 映画は当然終わるのだが、他の事例に終わりがないのは、やはり本人たちに自分は変だという自覚がないからだろう。高校の同級生に至っては、何度も平気で金を無心するということは、どうも私には説明ができなかった。以前、借りたことを忘れてしまったにしては、着信拒否にされていない電話番号から電話を架けてくるという、かなり高度なテクニックを使う。

 地方自治体に電話をするようになったのは統合失調症の一症状ではないかという友人の意見によるものだが(精神を患ったことがないのに、そこに思い至るとは凄い)、もし、そうだとしたら、単に病識がないで済むことなのか。たまぁに、風邪を引いていても熱がある自覚がないということもあるが、熱が下がったら、やっぱり変だったなと思う。

 私の高校の同級生は寸借詐欺をした相手に再び金を無心するなど、熱があったと思うように変なことをしたなという自覚はあるのか。友人の間で話し合ってみると、金を借りるときは大人しいのに、友人の言葉を借りると自覚なく「変なスイッチが入る」。金が借りられなくなるので敵に回すのも本意ではないだろう。そういうことがあって、これは金を借りた人間を貶める「異常人格識」がないのではなく、病識がない統合失調症だろうという話になった。

 他方、「激突!」に見られる今風にいえば煽り運転はどうか。相手が嫌がることをしている自覚はあるだろう。これは私のネットストーカーについても同じだが、相手が嫌がることをするのは変だという自覚はないだろう。

 先だって、これに似た話を他の人(特に深い関係はない)にしたところ、電車で老人を押し退けてまで席を取る人がいるじゃないですかと言われた。しかし、これは、老人に嫌がらせをするというより、自分が席に座りたいという目的の方が優先しているように思えるから、ちょっと違うかなと思う。

 例えばギターが好きというのは、まぁ、人に言っても恥ずかしくない趣味だろう。女装コスプレをする友人がいるのだが、それは、あくまで見せるためのものだから恥ずかしくはないと言う。

 その辺の線引きが、単に合法や違法ではないと思うのだ。ブルセラ趣味(というのか)は合法かもしれないが、少なくとも私だったら、そういうものがあったとしたら隠すだろう。自分は変態だと思うからだ。

 ここで気になるのは、私が、Uber Eatsの配達員に絡まれたことと何かを書いたら、ネットストーカーは、聖人君子ではないのだから、それくらいの「違法行為」は普通だと書いていたことだ。捕まらないものは変なものではないという考え方だ。私の家の生ゴミを漁ったら出て来たぞ! くらいは平気で書きそうだ。「異常人格識」がないといえよう。

 しかし、他人に嫌がらせをしたり非道徳的なことをしているのを自慢したいというのは、彼に限ったことなのか。上に挙げた煽り運転でもいい、痴漢行為でもいい。他人が嫌がることをしていることを見せびらかしたいのだろうか。煽り運転が趣味の人は可能ならYouTubeドライブレコーダーの映像をアップするのだろうか。もし、そうだとしたら、やはり自分が変なことをする人格だという「異常人格識」がないと言えるだろう。

 変な趣味があっても「異常人格識」がある人は、社会に迷惑を掛けず、そういうお店とかに行くのではないだろうか。しかし、これだけ書いても、異常人格識がなく、私にバレるのが嫌ながら他人には見せたくて、Facebookでシェアしたり非公開のBlogサイトで嫌がらせ書いてハァハァするのがいるんだろうな。顔に出るのが嫌なだけではなく、本当は積極的に黒い心というか心の闇を見せびらかしたいのだろうが。

f:id:minato_serenade:20201105183201j:plain

「毒舌娘」 by comorava