身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

年寄りと固定電話と電話帳。

 電話帳の廃止と聞いて、やっとかと思った。実は私は加入電話を解約しないで使っていて、迷惑電話の多いことといったらなかった。もう、ファクシミリ専用にしていて、名刺の連絡先は携帯電話番号にしているが、ファクシミリ番号も記載してある。

 拙宅の電話はNTTの回線ではなく、ナンバー・ポータビリティーauひかりにしてある。同じauのサービスなので、家の電話に着信があったら携帯電話に通知が来るようにしてあるのだが、セールスの電話が多いこと。去年、ふと思い立ってNTT東日本に電話をしたら、まだ電話帳に載っているとのことだった。

 そして、電話帳の掲載を止めてもらったら、ピタッとまでは行かないが、迷惑電話の数が激減した。そんなに電話帳というものが見られたということに驚いた。ちなみに迷惑電話の数を順位で表すと、まずは不動産会社、次にリサイクル業者である。

 既述だが寓居は団地サイズで家族が住むには小さく、投機用に持っていると思い込んでいる不動産屋がいる。売ってくれと言うので住んでいると言うと、住んでいてもいいんです、オーナーチェンジでと、ふざけたことを言う。試しに値段を訊いてみると固定資産税評価額の半額程度の、これまた、ふざけた答えが返ってくる。リサイクル業者は言わずもがな。

 不動産を安く買い叩こうとか、これらのターゲットは主に年寄りである。私の実家もインターネットも使わないのに電話回線がフレッツ光になっていて、何でかと思ったらセールスにゴリ押しされて損はないからいいかと契約したとのことである。父が死んで私が実家にコミットするようになり、まず、これを解約しようとしたら、NTTにTVも入らなくなりますよと言われた。

 このように、固定電話と年寄りというのは親和性が高い。そして、昔は、電話を引くと電話帳に載せるのが当たり前だった。今でもパラパラと私より上の世代の直木賞作家や芥川賞作家、財界の著名人の名前を探してみると、普通に電話帳に載せていて、大丈夫かいなと思う。

 また、当時は電話を引くことは、ある程度のステータスでもあった。賃貸住宅の敷金よろしく、当時は「加入権」というものがあり、電話を引くには、それを買う必要があった。質権が設定できて、それを担保に金を借りることができた。区役所で差し押さえた加入権を売っていて、2割程度、安く手に入ったのだが、私が引いたときは売り出し期間外で、会社で早く引けと煩かったのでNTTから買った。

 そのステータスは、どのようなところに生きていたのかというと、例えば加入電話がないとクレジットカードの申し込みができなかった。今はほとんどのクレジットカードで付いてこない国内旅行損害保険も普通のクレジットカードならフツーに付いてきて、私もカメラを数台、直してもらったのだが、そんなサービスを誰にでも提供したら危険である。

 そのような理由で、電話帳も、ある種の商工人名録や紳士録的な立場もあった。こいつは電話帳に載っているということは加入電話を持っているのだなと判るからだ。それが、今は、ステータスがある年寄りが載っているという、もう、悪徳商法のターゲットの一覧表である。

 そんな電話帳がなくなって、やっとか… という思いが強い。これでオレオレ詐欺は減るだろう。私も、加入電話でないとファクシミリが使えない半面、加入電話ではSMSが使えないのが、ちょっと不便である。Googleなどは音声による認証があるが、他のサービスで固定電話を連絡先に設定できないからだ。

 ただ、電話帳の廃止で、少し寂しいこともある。十年近く前、失礼ですが骨董屋を営んでいませんでしたか? という電話が頻繁にかかってきたことがあり、どうも、うちの近所の骨董屋と私が同姓であるようだった。そこの主人が亡くなったとかで、骨董品が流れるのを危惧した、元の持ち主だか同業者だかが大挙して架けてきたようである。もう、加入電話の向こうには、そういうヒューマンドラマがなくなるんだな… と寂しくも思った。