身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

生きる意味は幸せを感じること、そのために病気を治す。

 ネットの情報というのは、いつ消えるか判らない。以前、はてなブログで気になっているBlogがあり、1エントリーしかなかったのだが、ブックマークがわりに読者登録しておいた。それが、今、「購読中のブログ」を見たら消えていて、Googleで検索してみたら、検索結果には表示されるが、アクセスすると404エラーが返ってくる

 Blogのタイトルは"Tukiyono"で、エントリーの名前を「『生きる意味』という呪い」という。GoogleとBingの検索結果によると2017年6月3日にアップされたもので、Googleの検索結果にキャッシュされた書き出し(Googleの検索結果右側に出る▼は表示されず、BIngでは本文より前のテキストなどが表示される)は

断っておきますが、「生きる意味」と検索してポンと出てくるサイトのように、綺麗事で騙す気はありません。 なので、求める答えがここにあるかも知れませんね。 ですが、一部、もしくは大半の人には反発を招く内容でしょう。

となっている。

 インパクトがある内容で、夭逝した文学者の書いたものが独特な輝きを持っているように、あるいは筆者は亡くなったのかもしれない。筆者のid:tukiyonoも削除されている。内容は感心こそしたものの反感は覚えなかった。意外と覚えているが、今、思い出してもショッキングなので、敢えて書かない。ただ、結論としてはタイトル通り、それは単なる呪いであるというものである。

 テーマも内容も書き古されたものであるが、それがなぜ私の印象に残っているのかというと、内容に加えて、コメント欄で遣り取りさせていただいたからだ。筆者は、まだ20歳代後半だったと思う。それなのに人生を達観していて、私の問いに迷いのない回答が返ってきて驚いた。

 そのBlogのエントリーを思い出したのは、いろいろなことがキッカケになっているが、少し前に友人と話をしたときのことが1つである。その友人も精神疾患を持っている。そして、話はTVドラマの話になった。ちなみに吉岡里帆さんが好きだと言ったら「きみが心に棲みついた」を勧めてくれた友人である。

 その友人は「きみが心に棲みついた」を最後まで観ていなかったということなので結末を話すと、ハッピーエンドだねと言った。向井理さん演じる星名漣も吉岡里帆さん演じる小川今日子の結婚を祝福できているので幸せといえるかもしれないが、私は、それでも星名の行く末が気になった。これから、彼は、何を心の支えにして生きていくのだろう…。

 そして、その友人は、TVドラマという楽しみがあっていいねと言った。実は、これが、ものすごく私の胸に響いた。体調が悪化するのが怖くてコンサートのチケットなどが買えないという話は、以前、書いたが、私も、体調が悪いときにはTVドラマが途中で観られなくなる。今シーズンも、辛うじて観ているのは1本だけで、それも、いつ、観られなくなるか判らない。

 もうひとつの引き金は、今日、区の施設の職員に苦しいと相談したことだ。この職員には、毎回、前に言ったことを覚えていますか? と言われるのだが、私の記憶が非常に曖昧なことに加え、それが当たり前なことなので覚えていないのかもしれない。考え方で何とかなるんなら、とっくに何とかしてるさ…。

 実は、そのBlogで遣り取りをさせていただいた中で、私が、自分は実感できないが、主治医は普段と違う道を歩いたら綺麗な花が咲いていて幸せを感じることが生きている意味だと言うと書いたら、id:tukiyonoさんも、それくらいでは自分も幸せとは感じない、きっと医師という確固たる地位があるからだと回答した。

 今になって考えると、id:tukiyonoさんは病んでいる。そして、それをなるほどと思った私も、ハッピーエンドをハッピーエンドと受け取れない私も、真っ当な考え方ができない私も病んでいる。当然、それ以前にTVドラマを観られない心境も病んでいる。そして、病んだとき、弱ったとき、いつも思い浮かべるのが、このBlogで何回も取り上げている、この文章である。

なにせ、やはり人間はバカです。でも、だからといって「人間やめちゃえ」などと、グレるのは簡単なことなんですね。そうして、人間は簡単なことからやりはじめます。人間はバカな上に無能でもあります。けれどバカで無力なものはそれなりに、きっとどこかで力を発揮できることがあるはず。頑張ろう。頑張れ、俺。

鷺沢萠『サギサワ@オフィスめめ』角川文庫版250ページ)

 病気だからセルフネグレクトするのか、病気の治療を諦めるからセルフネグレクトするのか判らないが、何事にも幸せを感じないのは、その最初の段階のような気がする。しかし、私は生きなければならない。そうなると、幸せを感じるようにするしか、生きる希望はないではないか。

 生に対する執着がある以上、幸せを感じることしかないのなら、そのために病気を治すことが今の自分にできる全てであり、私を生に繋ぎとめておくもののような気がする。途中で力尽きてしまった鷺沢萠先生の分も、頑張ろう。頑張れ、俺。