身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

疲れると言語能力が落ちる。

 昨日は2ヶ月半ぶりに散髪に行った。村上春樹氏が月に1度は床屋に行くべしみたいなことを言っていたので、みんな、そんなにマメに行ってる? と言ったら、友人の平均は3ヶ月で、少し安心した。

 私は2年前に床屋を変えている。前に行っていたところは作家の星新一先生の紹介で若いときから行っていたのだが、病気が酷くなってから行くのを止めた。しかし、つくづく、古い世代の人たちというのは、努力というのは好きだから頑張れるのだと思わないのだなと思う。

 叱咤激励ではないけれど、前の床屋の女主人は、わざと私を追い詰めるようなことを言った。若いときは容姿端麗で優しくて、それが今は何だと炊き付けるのだ。親についても、その気持ち、判るなわ、などと言う。なぜ金を払って何を不快な思いをしなければなならない。あそこから私の悪口が流れてくると言われて、さすがに行かなくなった。

 さて、昨日の床屋での出来事。ガイジンが入ってきた。前回も、私が髪の毛を切っているときに外国人客が入ってきて、いくら渋谷が観光地だといっても外国に行ってまで床屋に行こうという気持ちが解らない。この店、外国人の間で有名な店なのかしらと思ってネットで検索するが、そうでもないようだ。

 また、外国人客の注文は変わったものが多いという。ご主人曰く、しっかりと刈り上げて金正日カットにしてくれという客もいるとか。床屋としても、髪質・髪色などが違うと、けっこう、やりにくいらしい。

 で、何かしら忘れたが通訳をした。英語が喋れる人がいるかと訊かれ、私の答えが

English is available on me.

である。何語だよ、って英語なのだけど。意味は通じているし、速度も普通の速さだから、ご主人にはベラベラに聞こえたようである。ある意味、"I can speak English."より高度だし。ただ、もう、自動翻訳のような英語である。

 私は、高校のときに偏差値が30だったので、しょうじき、英語は得意ではない。これも何度も書いているが、私が出た神田外語という専門学校は、外国語というより"外国語でのコミュニケーション”というのを主眼に置いている学校なので、国語力とコミュニケーション能力で入ったようなものだ(入試は面接重視)。

 私は入学してから英語ができずに苦しんだが、逆に英語だけで入った帰国子女たちは、国語ができずに落ちこぼれていった。そもそも、英語を勉強しようと思った理由は英文学が原書で読みたいということだったからで、少なくとも、そこだけは自信が持てる。

 だから、不自然な訳・透ける訳というのには自分でも少し嫌気が差す。高校で英語が嫌だった理由は、"no less than"を「勝るとも劣らない」などと訳さなければいけないこともあったかもしれない。日本人として、そんな日本語は誰も使わない。"available on me"と、いい勝負である。

 その帰り、バスで聖心インターナショナルスクールの女子高校生と同じバスだったのだが、ニューヨーク訛りが強すぎて、何を言っているのか判らない。若いときは、"Sex and the City"などを観ていたはずだから、単に英語力が衰えたのかもしれないが。

 今日も、寝ながら恐怖に襲われ、しかし眠剤のせいか起きることもできず、起き上がったのは午後だしヘトヘトである。しかし、書かなきゃ… と思って机に向かう。

 この前、書いたのが、いつか判らないが、何を書いているのか判らない上に、誤字脱字が酷い。そして、今日も、書こうと思って机に向かっても、何も書けないし、やはり変換ミスを多発する。やっぱり疲れているのかもしれない。しかし、最後まで緊張感を保てないと、物を書くのって駄目ね。