身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

TVドラマ「大恋愛」最終回を観て実感した、自分の死への憧れと衰えていく恐怖。

 昨日はTVドラマ「大恋愛」の最終回を観た。認知症になってからが長いのに、あと1回で話が収まるのかなと思っていたら「1年後、肺炎で呆気なく死んだ」となって、脚本家は見苦しいところは見せず、綺麗に終わらせるのだなと思った。

 肺炎といえば、数年前、私は肺炎にかかり、もう少しで死ぬところだったと医者に言われたことがある。医者は最初、インフルエンザを疑い検査をし、結果は陰性で、単なる風邪だろうと診断した。そのとき、母親は、金をドブに捨てやがってぇと、わざと汚い口調で私を罵った。

 結局、病状が良くならないので医者が肺炎を疑いマイコプラズマ肺炎だと判明したのだが、そのとき、肉体症状で辛いはずなのに、私は、人生で、かつてないほど、気が楽だった。TVドラマを観て、自分が、そういう、楽で綺麗な死に方を望んでいたんだなと気が付いた。

 しかし、現実はTVドラマではないから、認知症になっても歳を取っても、苦しくなったら肺炎でコロッ逝くわけにいかず、生きなくてはならない。月曜日に、母と向かうのが居たたまれなくなって帰ってきたのは、きっと、母の年老いた姿を見て恐怖に近い気持ちを感じ、狼狽したのだろう。

 すでに書いたが、私は物心ついたときには祖父母は誰もおらず、親戚縁者は、母の弟である叔父が1人いるだけだ。そして、私は高校時代に実家を追い出されてから両親と向かい合ったことはなく、母が人工関節を入れていたことも、父が過去にも心不全で倒れていたことも知らなかった。母と普通に話をしたのは二十数年ぶりということになる。最後に普通に話をしたとき60歳前後だった母は、すでに85歳である。

 いきなり、歳を取って身体も不自由になっている母と対峙した戸惑い、そして、自分が同じ道を歩くことに対する恐怖。そんなことはお構いなしに、母は、父の生前は月に1回は旅行に行ったことや、今、父の遺産のほとんどを手に入れて、これからの散財の計画を楽しそうに話す。

 他方、私は、精神に障害を負うまで親に苦しめられ、生まれてから、ほぼ47年間、良い思い出は全くない。そして、職も家族もないまま、そして、唯一の収入である父の仕送りも途絶え、この先の人生を送らなければならず、明るい未来は見えない。

 夜、寝ながらも、こんなことを思ったり考えたりしているのだから、深夜、滝のような汗をかいて目が覚めたり、朝、起きたら、恐怖に苛まれて疲れ果てているはずだ。苦痛は昂じて恐怖になり、楽な死というものに憧れている自分がいる。