身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

時間、止まって。💦

 感情が昂って書いたら時間が来てしまいました。入試の小論文で構想を練っているだけで時間になってしまったような慌て方です。昨日に続いて申し訳ありません。一昨日、筆力が戻ってきたから大丈夫だと大嘘をついてしまいました。

 しかし、今日の感情は治まらず、港区にはあいはーと・みなとという施設があるのですが、そこに相談に行って、今、帰りました。私はカーッとなっているから、今になって思うと酔っぱらいがクダを巻いているみたいでした。(-_-;) この文章も、今ザーッと読み返しただけで、けっこう恥ずい(懐かしい言い方)。

 


 

 今朝は午前7時に目が覚めたものの、意識が混濁して午前10時まで起きられなかった。起きなければ起きなければと思っても、どうしようもないのだ。

 そして、その苦しさに伴って連想されるのが前任の主治医のことだ。朝、起きられないと言うと、社会人は会社があるから億劫でも起きるんですと言う。

 これも、たびたび書いている。何をするのも嫌なワガママな幼児と同じ扱いをされた。そして、心臓が針の筵の上で転がされた感じがして起きられなかったことも。

 心臓の痛みで夜も眠れない。半年で総白髪になって周囲の人に驚かれた。脈が300を超えて救急車で運ばれた。それも、ゴロゴロしたいための言い訳と言われた。

 自分が何かしそうで怖いと言っても「狂犬がウロウロしているわけではありません」と、その医師に外出を強要された。

 そして店のものを強奪(店員の目の前で、ふんだくって持ってきてしまった)して前科が付いても「店の人は物を売ることで生計を立てているんです」と言われた。

 今日、それらの一連のことのトリガーとなったのが、凍った食パンを見たときのことだ。朝食を摂れと言われてもトーストもできないと言ったら「凍ったままのパンもシャリシャリしてオツなものです」とバカにされたことが発端だった。

 また、かなり以前にも書いたが、いろんな病院で病気で苦しんでいる患者を探し出しては、その親に「セールス」して、姥捨て山のように患者を預かって殺す医者と病院のことを思い出した。

 実際に、入院させられたら周囲で患者がバタバタ死んでいくのだ。その中には、入院する前に一緒に元気で酒を飲んでいた友人も含まれている。

 ナースコールもない病院で、職員もサボってナースセンターにいない。他の患者が大声で職員を呼んでも、職員は来ず、患者が、どんどん死んでいく。

 ネットで悪い噂を見ないのは、死人に口なしというのが半分、名誉棄損だといって悪評を消すのが半分くらいか。

 口コミサイトは病院と結託しているから論外だが、3ヶ月前には悪評で満ち溢れていたGoogleの口コミでさえ、今は、それらの評判は残っていない。

 友人の殺され方は悲惨としかいいようがなかった。私が脱走してセールスされた側の医師に処方箋を見せたら、これは確実に殺そうとしていると言われた。

 殺すために患者を取られた医師は、私の前で、無念だと言って苦しんでいた。しかし、医者というのは他の医者の患者には手出しができないそうだ。

 そういう医者に掛かることになったのには、もっと深い経緯がある。例えば、そのセールスに乗った私の両親。

 そんな両親だから、私の人生の様々な場面にコミットしている。中学を首席で出て高校に特待生で入ったのに退学になったこと。

 大検を取り大学に入ったのに、今度は手のひらを返したように、お前は勉強が嫌いだからといって大学に行かせてもらえなかったこと。

 むろん、その高校にも問題がある。恐怖政治を引いて、私のような生徒だけでなく、教職員までも粛清した、のちに校長となる人物。

 刑事処分を受けたが、肝心な部分は立証できないのか表に出ないのか不問とされた。病院といい学校といい家庭内のことといい、「膿み」は外に出ないのだ。

 このような医師や教師・親がいることは、なかなか信じてもらえない。しかし、実際に悪意を持った人々と、それに愚弄される人々がいるのだ。

 

 私は自殺という選択をしたが重症で終わってしまった(傷跡は凄いけどね)。考えようによっては、医者や家族に殺されそうになり、生き残ったといえると思う。

 戦争の悲惨さを説く体験者のように、私を含む被害者の苦しみ・無念を、多くの人たちに伝えたい。悪意を持つことの残酷さを理解して欲しい。

 


 

P.S. あまりに腹が立ってFacebookに書いたり他人に話をしたりしたのですが、みんな「凍ったままのパンもシャリシャリしてオツなもの」のくだりで、口を揃えて「だったらテメェ食ってみろ!」と言ってくれたので、かなり気が済みました。