身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

才能の経年劣化。

 だいたい、このBlogを書くとき、1エントリー1時間を目安にしている。昨日は体調が悪くというか疲れ果てて昼から何も手に付かず、このBlogに取り掛かったのは、本当にアップする1時間前。時間厳守と思って取り合えず午後9時にアップしたが、未完成ないので、いったん引っ込め、書き上がったのは午後10時ちかく。

 かつて雑誌記事を書いていたときは、ノリノリで30分もあれば、1,200字の原稿など、それなりのクオリティーの物を書くことができた。しかし、今は、面白いものを書く以前に乗ってこない。以前も書いたが、有名なクリエイターの多くが、歳を取ると同じ品質の物を作るのに時間が掛かると言う。

 今日は昼から眼科の検査だった。緑内障の疑いありということで定期的に検査を受けているのだが、予約が午後2時。毎日、午後4時近くまで起きられないという生活をしているので、ギリギリ間に合ったという感じ。しかも、疲れというより酷い倦怠感で立っているのが、やっと。そこに母からガンガン引っ切りなしに電話が架かってくる。

 年末からシャワーも浴びられておらず、他人に会うのに、これではイカンと思い、シャワーは昨日のうちに浴びておいた。別にシャワーを浴びなくてもいいのに無理して浴びていくところが瓜ヶ谷さんだねと言われたが、シャワーを浴びていかなければダメだろう。

 せっかく身体も綺麗だし、新しい建物を見ながら渋谷の行きつけの店にも寄ってきたいなと思ったが、それどころではない。病気のせいもあるが、明らかに歳を取るたびにクリエイティビティが落ちている。よく、若いうちに読書をしておいた方がいいのは時間がなくなるからというが、時間がなくなるというより、同じ時間に読める内容が少なくなっているからだろう。

キチガイの子供は、一生、不幸でないといけないのか。

 母の住む松戸の包括支援センターから電話があった。母の妄言が激しく、ケアマネージャーを替えて様子を見て駄目だったら精神科に掛からせて入院させたいと言う。私は、思い悩むというより、端的にいうと舌打ちをした。

 このBlogにはリアルタイムで書いているが(最下部に貼っておく)、一昨年、父が死んで、母は、相続の手続きなど本当は必要なく、私が遺産をブン捕るために嬉々として動いていると詰った。その段階で生命保険の請求と年金の手続きしかしておらず、私には一銭も入っていない。しかも、貼ったエントリーに書いてあるが、相続の手続きが必要なことを知って言っているのだ。

 障害を抱えながら、市役所、年金事務所や税務署、法務局や保険会社や銀行数行を回るのは大変だった。しかも市役所は実家からバスと電車を乗り継がないと行けないし、保険会社1社は最寄りの支店は新宿(しかも西新宿の青梅街道沿い)だ。本来は本人がすべき手続きなので委任状が要るのは当然として、母は写真入りの身分証明書を持っていないので、そのたびに市役所の支所(これは幸い、実家の近所にある)に住民票を取りに行かなくてはならなかった。マイナンバーカードを作れと言っても、自分が持ちたくないから持たなくていいんだと言い切る。私が結婚しておらず戸籍が同一で、しかも本籍地に住んでいるのが不幸中の幸いだった。これほど東京出身で良かったと思うことはなかった。

 父の銀行の預金が凍結されたことも私が非難された。そのまま自分が父の通帳や印鑑を使っていればいいのに、わざわざ銀行に届け出た私が悪いと言う。そんな母だから他人名義の通帳や印鑑を使うことを何とも思わないのは当然だ。ただ、相続が終わらないと、収入がないので私が干上がってしまう。思い悩んで友人の弁護士に相談したら、預金が凍結されている間は使い込まれる心配はないし、その額では、どうやったって生活できる額ではないから、裁判まで持ち込んだ方がいいと言われた。

 結局、私が折れて、私のために貯金しておいたという車1台分くらいの金(このBlogで高級国産車1台分くらいと書いていたが、今、見た相続専門業者のサイトに同金額を「中級の」国産車1台分と書いてあった)を私が、それ以外の父の預貯金全てと母のものとする遺産分割協議書を私が作った。税金は払っても手数料は払いたくないと言うので市役所に行って評価価格を調べたりして不動産登記も私がやったのだが、私の労働報酬で50万円くらい欲しいくらいだ。(今、ネットで相場を見てみると、遺産分割協議書作成15万円、不動産の調査費用6万円、不動産登記8万円とある。さらに役所で証明書を発行してもらったり銀行の手続きをするのも付帯業務だからとサービスでせずに金を取るのね。)

 結局は、母が持って行った金が私に残らず母の医療費などに消えそうだというのが、冒頭に記した舌打ちをした理由である。苦労して大学を出してもらったどころか、高校の学費だって1円も出してもらっていない。高校も自分で選ばせてもらえず、そんな母が心酔した高校に特待生として通わされ、教師の虐待に遭った。これも何回か書いていることなので簡単に書くが、その教師は他の教師に同様な行為をして刑事罰を受けているが、今は母体である江戸川学園の理事である。

 高校で、そのようなことをされ精神を病んでも部屋に監禁され、ついにどうしようもなくなって 連れていかれた精神病院で、すぐに親から離さなければいけないと言われ入院になり、大検は病院から取りに行った。関係ない話だが、私は普通に合格したが、大学入試レベルではなく高校入試レベルの問題を出しっこして一喜一憂しているサポート校の生徒グループがいたが、大丈夫だったのだろうか。

 そして、そのまま実家を追い出されて、独り暮らしをしながら専門学校で全優の成績を取って中堅の大学の推薦(しかも3年次編入)まで取ったのだから、いかに家族が私の足を引っ張っていたか。しかし、大学の入学手続きまでしたのに入学金の納入をドタキャンされ、また会社まで親が選んだブラック企業に就職し、学者になるという子供のときからの唯一の望みも絶たれ、再び精神を病むことになる。

 冒頭の電話で、松戸の包括支援センターの職員が、私の収入を聞いて、その金額で生活できていますかと言われたが、長い間、障害基礎年金を受けることさえ反対され、親がいるために生活保護も受けられないという状態だった。両親を説得して月5万円の生活費を親に出させるようにした医師は、世間では名医の誉れ高い医師なのだが、父は死ぬまで、母は今でも史上最低のヤブ医者と言っている。

 その医師に掛って15年ほど経ち、あるとき、ふと、その医師に、もう大丈夫だと言われた。今まで、ずっと、私が死ぬのではないかと思ったそうで、実際に私は自殺未遂をして全身麻酔での大手術となった。両親は手術の立ち会いにも来ず、執刀医に私が文句を言われた。

  私はキチガイの両親の元に生まれて良かったことなど何もない。夢も片っ端から潰されたし、玩具も買ってもらったこともなければ、読んでいた本さえ破り捨てられた。写真が好きだったのにカメラも買ってもらえなかった。しかし、それを見兼ねた中学の担任が自分の高級一眼レフを貸してくれて賞を獲り、その教師は今は教育長になっているそうで、偉くなる人は、そういうところが違うのだなと思う。

 そういう、優しい人の助けはあったものの、生きていて楽しいことなど何もない。こんな暗いことばかり思い出していないで楽しいことをしようと思えと言う人がいるが、はっきり言って無神経だ。監禁されて遊びにも行かせてくれなかったし、友達を作っても、その友達に嫌がらせをして遠ざけられ、何の楽しみも知らない私に、こうやって俺は車を買ってエンジョイしているなどと見せられても、羨ましいどころか腹が立つだけだ。

 いったい、何が楽しくて生きていなければならないのだ。これからも死ぬまで親に苦しめられて生きていかなければいけないのか。

 

circumstances.hatenablog.com

親が子供のことを思うのは当たり前という風潮。

 今では児童虐待などの問題が出てきて、当たり前ではないということが当たり前になりつつあるが、私が子供のとき、そういう風潮があった。

 そんなことを思ったのは、昨今の母のこと。ケアマネージャーが不正を働いているとか家に上がり込んで印鑑を勝手に押して行っているとか、挙句の果てに、仕事納めが過ぎてから上がり込もうとしたところを見付けたら逃げ出したとか言うようになった。昨日、母のところに包括支援センターの職員から電話があって、ケアマネージャーが辞めますと言う。それで、母は、見放されたと思わず、不正がバレたのだと、水を得た魚になって同じことを繰り返し喋っている。こっちとしては何ヶ月も同じことを聞いてウンザリだ。

 以前、私は成人式に出してもらえずに灼熱の部屋に監禁されていて、そのくせ、いい成人式だったんですってなどと言われたことについては書いた。このように母の妄言は今に始まったことではなく、子供のころ、お前の母ちゃんキチガイと、よくイジメられた。

 今回のことで嫌なのは、ケアマネージャー曰く、母が、それを警察にも言っているということだ。私も子供のときに何かにつけて警察を呼ばれて嘘を付かれ、最後には警察官に殴られた。新規で思い出すと苦しくなるので既述のことを書くと、40℃の部屋に監禁されて倒れ、そこから逃げようとすると親に殴る蹴るされ、その手を振り払っただけで家庭内暴力だと110番された。

 今になるとトラウマだと断言できるが、ずっと嫌な記憶として頭に張り付いている。独り暮らしを始めてから、何だったか警察に用事があって警察官と対峙したら恐怖で泣いてしまい、理由を話したら、警察官が殴ったのですかと、そのときの警察官が絶句していた。言葉に困って、警視庁は千葉県警とは違いますと言われたが、組織が違うというより、親は子供のことを思うのが当たり前という風潮があったからではないか。もっとも、それ以来、警察官がパトロール中に会うと声を掛けてくれたりして、それは千葉県に住んでいたときはなかったことだ。

 今までかかった複数の精神科医が言うには(この前、TVドラマ「シャーロック」でワトソン役の精神科医も言っていたが)他人が傷付くことに快感を覚える人物は多いそうである。ある精神科医は、例として、子供のとき虫獲りをしていて獲った虫を片っ端から惨殺している人っていませんでしたか? と訊かれたのだが、幸い、私の周りにはいなかった。それとは違うが、合法的に犯罪を働けるから警察官になりたいと言っていた奴がいたが、どうなったのだろう。警察官の話で、ふと思い出した。

 そういう、他人を傷付けようという意図が察せられれば、まだ、この人は子供のことを思っていないのだなということが判るのだが、自分が言っていることを正当化するために子供をスケープゴートにするというのは、なかなか見破られない。この経験すら、話しても、他人に迷惑を掛けたくないという親心が判るという人がいた。親が子供のことを思うのが当たり前というのが前提では、単なる妄言が理由で子供を傷つけているなどというのは信じられないだろう。