身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

サーチエンジンはジャーナリズムの代わりにならない。

 ここのところ、昔、放り込まれた精神病院や高校のことをネットで調べていたが、このBlogに書いたものは自分の体験が主だった物だというのもあるが、どれも病院名や学校名をGoogleやBingに入れてポンと出てきたものではない。

 精神病院のことについては、それを専門に調べている大学の研究室のデータベースを使わせてもらった。これも、1研究室のデータベースしか公開されておらず、信憑性は確かなのだが、内容も事実が記されているのみで、もっと深い事実や他の同様の例は載っていない。

 高校については厚生労働省労働委員会命令データベースを使わせてもらったが、これも命令に関しての資料しかなく、概要では、そのような事件(教師による生徒へのパワハラというより生徒虐待)があったとは判らない。詳細のPDFを開くと、初めて申立人の主張として、このようなことが出てくる。これも労働法とは関係ない事項なので、拡がりもしない代わりに残っているという感じか。

 国立国会図書館サーチを使うと、AERAサンデー毎日などの週刊誌で取り上げられていることが判るが、内容は、実際に資料を借り出してみないと判らない。私は、悪事を働いている奴は他にも悪事を働いているという推測から、他の分野でアプローチしている。もし、サーチエンジンが客観的に情報を収集・提供してるとしても、このような情報の公開のされ方なら普通に検索しても出てこないはずだ。

 また、評判が悪ければ悪いほど、口コミサイトに悪い噂が書かれると、すぐに消える。精神病院については私が悪いことを書いたら恐喝して消すように迫られたことを書いた。また、某グルメサイトや某病院口コミサイトが広告主を優遇する口コミや星しか与えないのは有名な話だ。

 昔、2ちゃんねるで自作自演が流行ったが、高校については、進学サイトに悪い評判が書かれると、その10倍くらいの数の援護する書き込みがある。頼まれてやったのではなく、もし、本当に、そう思うのなら、洗脳されたかという勢いである。

 このように、検索エンジンに引っ掛かるサーフェス・ウエブであっても情報の操作(noindex・削除依頼といった簡単なものも含む)がされていたら、もうアウトである。自分のBlogのGoogle Search Consoleの画面を見ても、どうして、この検索順位が低いのかというものが意外と多い。

 ネットが発展する以前の話だが、戸塚ヨットスクール事件が世に出たときは、すでに死者が出ていた。オウム真理教の事件のときは、あんな幼稚な組織が人を惨殺していたとは誰も信じていなかった。ネット社会になっても、検索すればポンと出てくる話が全てでも真実でもない。それを追及し、ネットの検索では出てこないことを世に知らしめるジャーナリストという存在は、なくならないだろう。