身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

子供の中学受験。

 やっと、今日、ある程度、普通に活動できるようになり渋谷に買い物に行った。帰りに渋谷スクランブルスクエアでも見てこようと思ったのだが買い物が多く断念。

 帰りのバスで、他人が広げた雑誌記事が目に入る。お笑い芸人だか何だったかが、子供の私立中学の数回にわたる入学説明会(なるものがあるのか)に妻だけに行かせて、学校側に両親揃って進学に熱心だということがアピールできていないとあった。

 それで思い出すのがサラリーマン時代のこと。上司が休暇を取って子供の中学受験で受験番号1番を取るべく早朝から願書出願の列に並ぶという。

 休暇を取るのは個人の自由だが、受験番号は1番でなくてもいいと思うし、そんなことで熱心な父親をアピールしなければ中学入試というものは通らないものなのか。私は四谷大塚進学教室のお茶の水校舎に通っていたが、そんな話は聞いたことがない。

 私が選抜する側だったら、そんな親は自分の本分も果たさずに子供に甘いと見て、むしろ評価は悪化すると思う。そんなことをしなければ入学できない学校というのは、社会に、どういう評価を与えているのか知りたいものだ。

 そんな学校に入るのだったら、普通に公立の中学に行って普通に公立の高校に行った方が良い気がする。私は公立に落ちて私立の高校に行ったが、公立の高校でも、一流の大学には入る。大学にエスカレーターで行けるのなら別だが、そのための学力を付けさせることが教育熱心というものだろう。

 とはいえ、かつて、私のネットストーカーが、私が公立高校の受験を自分で言い出したと殊更のように書いていたので、公立高校の受験が普通のことではない人物はいるようだ。

 そういう人間にとっては、たしかに学力とは違った方面からのアピールで中学から私立に押し込まなくてはならないだろうが、それはマイノリティーだろう。ちなみに私のネットストーカーは高卒で、社会に出てから金を払えば誰でも入れる専門学校に進んだそうだ。私立高校に通っていて専門学校にも進学できなかったら逆の意味で凄い。

 私は専門学校神田外語学院の卒業だが、小説であるが篠田節子さんの「銀婚式」などを読むと、専門学校ではなく大学であっても、授業料目当てで中学の授業にも付いていけない学生を無選抜で入れる大学もあるらしい。

 これらの事実を鑑みると、親の熱心さを説明会の参加回数や願書受付に来る早さで計るような中学の受験は、むしろ出来が悪い生徒のするものかもしれない。私は、むしろ、そんな説明会に行かない芸人と思しき雑誌記事の主人公に親近感を覚えた。(香川照之さんのように暁星から東大に行っているような事例も知っているが、暁星は校風が良いから、そんなことでは選抜しないだろう。)