身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

考え方では気持ちは変わらない。

 あまり起伏がないのだが飽きないTVドラマがある。日本テレビ(日テレ)の「俺の話は長い」だ。どうやって、この屁理屈を考えるのかと思うし、役者揃いだものな…。

 今になると主人公・満の太々しい生き方が羨ましく思うが、番組が始まったときには、この状況で、この考え方、この人の将来は大丈夫かと不安になったものだ。

 このように、同じことに対しても気持ちが変わり、私の気分の浮き沈みが激しいのが判る。弱気になると、とことん弱気になる。弱気になるだけでなく恐怖まで感じる。

 そういうときに精神障害者地域生活支援センターの所長と話をすると、良いところに目を向けましょう的な話になるが、目を向けたところで駄目なものは駄目だ。

 心理学を学んだことがある人から、水が半分入ったコップを見て、水がコップに半分“しか”ないと考えたりコップに半分“も”あると考えたりせず、コップに半分入っていると冷静に見定めるのが重要というような話を聞くことがある。

 逆説的にいうと、これは水がコップに半分入っていると普通に思えず、これしかない、こんなにあると思われるような心理状態を起こす状況にいるのだ。

 水ではなく500万円の所持金があったとする。私にとっては大金だが、誰でもいいけど、例えば前澤友作さんにとっては自動車1台、買ったら終わりだよと不安に思うかもしれない。

 結局、悲観するのは止めましょう、楽観するのは止めましょうといったところで、そうさせるのは、見方や考え方ではなく置かれた状況だと思う。

 天災や空襲で家を焼かれた人たちに、新しい家が建てられていいと思えなどと言えるのか。そういう風に考えようと努力しても、それで気持ちが明るくなるということはないと思う。