身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

普通の人とは違う朝の苦痛。

 私も早朝に起きて普通に会社に通っていた時代があるから、サラリーマンの朝の辛さというのは判るつもりだ。感情はともかくとして、原因としては、寝足りない、これから先の仕事を考えると、あるいは対人関係を考えると気が重いというところだろうか。幸い、私は自転車通勤と逆通勤だったので、通勤電車の苦痛というのはなかった(高校時代に通学電車の苦痛はあった)。

 今、私は、ある意味、自由な時間に起きて自由な時間に物を食べることができるが、決まった時間に起きて、3食、時間どおりに食べている。かつて書いたようにTVを観て酒を飲んで自堕落な生活が幸せだとは、私は思わない。自分を高めていたいと思う。

 また、社会人ではないにしても、人間として、規則正しい生活を送るべきだと思っている。昼起きて、夜中に寝るという生活でもいいのだろうが、こういう生活リズムというのは主治医と話をしているし、朝日とともに起きてというのが、仕事をしてないのであれば理に適っている気がする。

 それが、朝、目が覚めても、薬のせいで身体が動かない。最近の東京は地震が多いのだが、地震があっても、目が覚めるのに身体が動かない。その状態で死ぬのなら目が覚めないまま死にたいと思う。そして、しばらくして、なんとか手足が動かせるようになり、スマートフォンを見る。

 そして、SNSで、障害者友達の投稿を見ると、いたたまれない気持ちになる。今日の投稿だと、JR山口線のSL貴婦人の臨時運行があることが判り、急いで切符を取って遊びに行くことにした、ついては近隣の友人に会いたいというものだった。

 この人は、ズーッと仕事をしていない。世間体が悪いからという理由で就職活動はするのだが理由が理由だからか続かない。病気だから仕方がないのかなとも思うが、病気の私でさえ、病気が酷くなったら会社に通えなくなる前に旅行に行く気力がないどころか行けと言われても行けなくなったので、会社には通えないのに旅行に行けるのが不思議だ。

 それに、東京の人間が山陰に1週間の旅といったら幾ら掛かるのか。私が趣味で旅行に行っていた、すなわち遊べる金のほとんどが旅行に消えていったときの自分でさえ躊躇しただろう。それを、その友人は、今回のみならず、金の心配をせずに思い付きで実行する。さらに女装コスプレの衣装1着3万円を年に数着、作っている。

 もう、こうなると、羨望や嫉妬を超えた感情を覚える。働かなくても食っていける、働かなくても遣り甲斐があるものを持てる、さらに、それを実行できる自由な時間や気力・体力がある、こうなると、普通の人でも羨ましいだろう。それを、腕しか動かず眼鏡も架けられない身体でスマートフォンで見ている私の苦痛というのは、なかなかのものである。