身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

ネットストーカーの件。 (裏よりマージ)

 昨日、表で告知したのは近々のうちに名前を変えようと思っているから。

 私の反応が薄いからかネットストーカーがターゲットを私のファンまで広げ始めた。ヲチにもなっていない私のBlogを曲解するサイト(以前は改竄するサイトで、私が訴えるといったら泣いて詫びを入れてきたのに同じことをしている)を作っているのだが、そこで私のファンにまで付きまといを始めた。

 文学(的)と書くのなら、少なくとも次のような文章をものして欲しい。

と書き、芸のないコピペが原稿用紙が1,000字以上。そのBlogのエントリーの9割を占める。引っ張ってきたのも私の以前のハンドルネームで始まるもの。知名度として誰も知らない作品なので、おそらくストーカーも読んでいないだろう。私の正体を知っているぞアピールだ。そして、末尾に

とは言っても、昨日の投稿などは”超絶文章”と形容するに相応しい、貴方の文体の真骨頂がよく出ていたと思います。 一つの文章に、それも決して長いものではないのに、その中に少なくとも四つ以上のテーマが、シームレスに盛り込まれており渾然一体となって、つかえることなく読み下せる、さながらJ・ジョイスの”意識の流れ”を読むようでした。 今回のBlogの文体はこれで行っているのですね。 そう感じると、前回のBlogは村上春樹のようでもあったと思い直しています。

と書いている(自分の文章は、この2つしかない)。これは私のファンの方がTwitterで私のBlogを「超絶文章で綴られる命と文学」と表したことを受けてのこと。他に書いていることも、私のBlogを改竄するBlogを作っていたときと同じこと。

 この人、自分のBlogに村上春樹の解説などを書いているのだが理解していないし、私は英語を東大の英文科(しかも専門は古典英語)の先生に習ったから鼻で笑ってしまう。「意識の流れ」となどいうのは文体についての言葉ではない。

 表で書いたが、なぜバカは政治の話(しかも過激ならいいと思っている、ネトウヨというそうだ)と知ったかぶりをするのか。それによって知識のなさや、それで判った気になっているバカさ加減というものが露呈する。そして、ますます相手にされず、そして、その原因が判らずストーカーになる。

 Blogが誰も読まなくなって、政治の発言をしている人のBlogに自分のBlogへの誘導を貼り、それも馬鹿にされている。そして人気がある人のストーカーになり指摘されて謝罪して消す。こんな誰にも相手にされていない奴、と思ったら、私の文章が改竄されたり面白おかしく改竄されるのは屁に思うようになった。

 ファンをバカにすれば私に火が付くと思ったのなら思う壺だが、私はファンがバカにされるのを我慢できない。