身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

ニッチモ・サッチモ

 にっちもさっちも行かない。本当、スランプと以外、いいようがない。私生活が充実していれば、まだ救いがあるが、外出ができず(通院以外では3週間、外出していない)、寓居マンションの最上階から東京タワーの写真を撮ったりしている。

 にっちもさっちも行かないといえば、こんなことを思い出す。新橋の銀座口にトニーズ・バーという、文壇バーの最後の灯というような店があった。まぁ、他にも、まだ、クールとかルパンはあったのだが(ルパンは今も健在)。

 マスターのトニーさんはイギリス人と日本人のハーフで、お父様はキリスト教の宣教師として来日されたとのこと。なので、戦時中は収容所に入れられ、その賠償金で店を始めたとのことである。

 私は、専門学校の学生時代、作家というものは、こんなところに行くのかという興味から通い始めた。もう、作家なんて村松友視先生しか来ていなかったけど。そこでルイ・アームストロングが話題に上っていたときのお話。

 もう、お判りですね、「あぁ、ニッチモでしたっけ?」と私が言って、店内、大爆笑(サッチモです)。お前、にっちもさっちもって覚えてただろう~ と常連客から言われましたが、それしかないのであります。

 トニーズ・バーはママさん(トニーさんのお姉さんのベッティさん)が他界するまで50年少し続いた。私は末期になると精神を病んで、顔を出すことも、なかなかできなった。ベッティさんの葬儀にも行けなかった。

 精神を病んでから顔を出したとき、ブクブクに太った私を見て、ベッティさんは、精神を病んだ人って、みんな、そんな恰好をしているのねと嫌ぁな顔をされたことを覚えている。おそらく、会ったのは、それが最後だ。

 最後に会ったのが、そういう風に、優しさを失ったベッティさんだったのも、ちょっと辛い思い出だ。すでに最期に近づいていたのかな…。