やっと本が読める体調になり、先日、メルカリで11冊400円で譲っていただいた中の1冊目、鷺沢萠著「町へ出よ、キスをしよう」を読み始めた。すっかり生活が夜型になり、エンジンがかかったのは先ほどである。
まだ最初の1編しか読んでいないのだが、タイトルからして寺山修司著「書を捨てよ、町へ出よう」に近いものかなと思ったら、ちと趣が違った。初のエッセイ集といって他の作品にも本書の名前が出てくるくらいなので、力が入ってしまったのか、なんとなく手練れた筆者にしては、ぎこちない文章だ。
さて、いきなり『町へ出よ、キスをしよう』という表題作から始まるのだが、映画などで西洋人がよくやる、あの、キスシーンに対して
わたしは決して、西欧文化崇拝者ではない。けれどああいう習慣に対しては、わりと肯定的だ。
そして、結末は、こういう文章である。
待ちあわせた場所で恋人の姿を見つけたら、最高の笑顔を見せてみよう。
ふたりでいられる大切な時間を、つまらない意地やツッパリで台無しにするのはもうやめよう。
そうして、町へ出て、ほんとうにこの人が好きだと感じる一瞬が訪れたらなら、頬でもいいから、キスをしよう。
私は鷺沢萠ファンを自認しているが、あまり共感できない。百歩譲って「ほんとうにこの人が好きだと感じる一瞬が訪れたらなら」というなら共感してもいい。というのは、先日、近所でキスシーンを見て、1日、気分が悪かったのだ。
私は例によってバスで渋谷に向かっていた。通勤には少し遅い時間帯で座ることができた。フレックスでコアタイム開始と同時に会社に向かう人が家を出る時間だ。そして、ぼんやりと外を見ていたら、その事件は起こった。
まぁ、挨拶がわりに軽くキスをする程度だったら、そんなに何日も尾を引かないと思うのだが、あまりにも露骨だったのだ。
何度も書いているが寓居は白金といっても下町の商店街にあり、バス通りといっても町工場が立ち並ぶ(なんと、築地市場移転で話題になったターレットの工場や自衛隊の進軍ラッパを作っている工場もある)幅員6mほどの道だ。
寓居も再開発でタワーマンションになるので出ていかなければならないのだが、最近になり町工場や商店が段々とマンションになりつつある。
キス肯定派(?)の鷺沢氏だって「わたしだって、ベッドの中でするようなキスを町中でやられたら、ちょっと困ってしまうと思う。」そうだが、それを目の当たりにしてしまった。
しかも、町の中といっても、まだ駅に配偶者を送りに行った車の中などなら許せるが、バスが目の前を通る町工場街でである。
男性も背広を着てはいたが、なんとなく新橋・虎の門では浮きそうな感じ。女性はパステルカラーのオフィスカジュアルに、当然のように高いヒール。化粧は言わずもがな。今でも彼らの風貌を、リアルに思い浮かべられる。
まぁ、新婚とか不倫のカップルとか、熱愛中だったら、まだアリという感じがするのだが、そういう行為をする自分たちに酔っているという感じがして、なにか見せつけている感じさえ漂う。
最近、この手の新参者が多い。寓居の前に、地域で初めてのタワーマンションとオフィスビルを含む再開発エリアができたころから急増した。
そこには、やはり地域で初のスターバックスが入ったのだが、休日になると郊外のナンバーを付けた外車にペットを乗せて(ここが重要らしい)わざわざ大勢の来る客が来る。
ネットの質問サイトを見ると、やはり、彼らは何を見に来ているのかという話題が取り沙汰されていた。東京都庭園美術館の帰りという風情でもないんだよねと書いてあって、ずばり、当事者からの返事が。
白金高輪というオシャレエリアにハイソな気分に浸りに行きます。
それに対して、しっかりと
タワーマンションってオシャレですか?
と、再度、切り返されていて、私は少し溜飲が落ちた。
確かに、そのスターバックスやタワーマンションやオフィスビルが入っている再開発エリアにある大手不動産チェーンの窓に貼ってある物件情報を見ると「白金アドレス」とか書いてあって、なんだかなぁという思いがする。
複数の知人が、白金の、それこそ高級住宅街に住んでいるのだが、最近、シロカネーゼが増えて困っていると言っていた。どう困っているの? と訊くと風紀が乱れたと(笑)。
我々、ドン臭い都心部を知っている世代から見ると、たしかに、そのギャップの大きさは、普通の高校生が不良を見るのと変わらない。大袈裟な言い方をすると、その価値観では、さながら露出狂だ。
どうせ引っ越すのなら、そんな俗化していない町がいいなと思ったのだが、港区の地価が下がり、他方、例えば新宿区あたりの地価などが上がっていて、もう、ここにしがみ付いていないと都心に住めない感じがする。
地味で大人しい、昔ながらの東京というのは、いったい、どこなのだろうか。そこは、きっと、町でキスをする人などいない場所だと思う。