身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

実家から帰った。

 今朝、実家の玄関ブザーが鳴って、母が出ないので慌てて出たが誰もいない。そういえば、先月、ガスの検針ができないという手紙が来ていたのを思い出し、ひょっとしてガスの検針ではないかと思い、母に訊く。

 母は、ガスの検針ができない旨の通知書を、シラッと取り出した。通知書に書いてある電話番号に電話をしてみると、やはり今日が検針日だという。実は、今日も検針員の人が入れなかったと言うと、検針員の人が、再度、来てくれた。

 なかったはずの銀行預金口座の通帳が出てきたり、掛けていなかったはずの生命保険の証書が出てきたり、次から次に色々なものがバラバラと出てきて気が気でない。私も持て余して、私の福祉担当者に電話をする。

 それは、もう、お母さんの生活だから、有さんの生活と切り離してしまった方がいいのではないかと言われた。母のケアマネージャーさんに電話をすると、それで有さんの健康を害しては本末転倒なので、気にしなくて大丈夫ですよと言われる。

 帰り、松戸にある証券会社に寄ってきた。すぐに現金として利用できるものと、私の名義にしてから売却しなくてはならないものがあるとのこと。その証券会社への口座を作る手続きをした。

 そして、また、相続の手続きである。証券会社のアドバイザーの方も、経験の豊富な税理士を使うことをお勧めしますと言う。私の周りの福祉の人からも、そんなことで労力を使って精神状態を損ねては元も子もないですよと言われる。

 しかし、母は、税理士を使うことに難色を示している。理由は純粋に金がかかるからだ。私の高校の学費も出すのが嫌で、地方の変な新興進学校に入れた親は、どこまでも金を使うのが嫌いだ。それなのに、自分たちは頻繁に旅行に行っていたりする。

 帰り、松戸駅のフォームで、電車に飛び込みたくなる気持ちを抑えるのが大変だった。しかし、と思う。ここの所感じている恐怖は、自分の努力が認められずに犬死にすることへの恐怖だと悟った。だったら、成果が出るまで生きなくては。