身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

現実逃避の方法のひとつ。

 デパートというのは午前10時の開店が多い。昨日、私は、午前10時少し前に家を出て、渋谷の東急百貨店東横店(いわゆる東横デパート)にある東横のれん街の舟和で「あんこ玉」を購入すると、そのまま地下鉄銀座線に乗り込んだ。

 あんこ玉は詰め合わせしかないのかと思ったが、自家用ですと言うと、好きな味が指定した個数が買えるようだ。詰め合わせを頼んでから知り、その旨を伝えるとパックに入れ直して箱代を引いてくれた。

 地下鉄銀座線のプラットフォームは東横デパートの3階にある。駅の東口に出ると高架から青山の地下に突っ込んでいく銀座線の線路が見えるのだが、センター街の方からだと、場所を訊かれて地下鉄の駅が高架だと言っても信じてくれない人がいる。

 渋谷駅から、ちょうど1時間で、私の実家の最寄り駅であるJR常磐線北小金駅に着く。常磐線の駅といっても、北小金駅には地下鉄千代田線から直通の各駅停車しか停まらない。普通電車・快速電車は上野駅発なのに、各駅停車は上野駅より手前の綾瀬駅で地下鉄から入ってくる電車しかないので、これまた渋谷駅以上に説明が難しい。

 駅を降りたらバスターミナルにバスが来ていた。このバスターミナル自体、私が住んでいたときにはなかったものだ。そもそも北小金駅本土寺という寺(名刹です)の参道をブッタ切るようにできていて、駅前に、いきなり大きな神社があった。それを移転して出来たものだ。

 これも隣の新松戸駅の開業や、当時の市長で地元企業・マツモトキヨシ創始者松本清氏と絡めると長くなってしまうが、まぁ、私の実家の方は松戸の中心地とは別に発展した新興住宅地である。旧市街に住んでいる友人にハイソと言われたが、雰囲気としては山の手だ。

 そして、北小金駅からのバスに15分ほど揺られたところで降りると私の実家の最寄りのバス停に着く。なんで、こんな不便なところに住宅街を作ったのかというと、以前も書いたが、地下鉄半蔵門線が延伸する予定だったからだ。

 多摩ニュータウン千葉ニュータウンでの鉄道の開通が遅々として進まなかったように、当然、私の実家がある小金原への地下鉄の開通は遅れた。遅れる以前に、松戸駅までの延伸は決まっていたが、そこから先は誘致段階だった。

 東京メトロが松戸までの延伸すら打ち切ったのに、そこから先は、どう足掻いても地下鉄が来るわけがない。そもそも、千代田線すら、すべてが常磐線に乗り入れず、昼は2本に1本が綾瀬駅で止まってしまう。しょせん、その程度の需要なのだ。

 実家に着いたのは、まだ午前中だった。今は知らないが私が子供のときは小学校の社会科の教科書に載っていた「ドーナツ化現象」に伴う「ベッドタウン」の発展により、私が住んでいた町には、かなりの人が住んでいた。オフィス街までは30分ていどで通勤できる。

 さて、実家に着いて、菓子だけ置いて、少し話をして帰ってくる予定だった。そもそも実家に行こうと思い立ったのは、私の母親が転倒して車椅子生活になるかもしれないということだったからだが、前に行ったときよりピンピンとしている。

 今まで、家に上げずに追い返されたり、上げられても早く帰れと言われたので、昨日も、2・3時間いて帰ってくるつもりだった。しかし帰ると言うと、泊っていけという。

 普通の年寄りの生活は夜が早く朝も早いものと思われるが、私の両親は、日付が変わってから寝て、起きるのは昼近くである。なので、先に寝ようとしたら、TVやラジオの音が煩くて敵わない。ちなみに、いつもの私は、国道1号線・第二京浜沿いの商店街で熟睡している。

 そして今朝である。朝食は午前11時ごろから始まるのだが、なにか、居ても立ってもいられない気分だった。居心地が悪い。早く帰りたい。そして、別に海外に行く予定もないのに、なぜか、パスポートの期限が気になった。

 簡単にいえば、それは現実逃避である。嫌な思い出がある家から一刻も早く帰りたいのだ。しかし、それが叶わない。これも、また、最近読んだものからの引用になるが、鷺沢萠先生はアウシュビッツ強制収容所を見学した折、人が無残に殺された現実に目を向けられず、1日に何人が殺されたのか計算していたという。

 計算することで虐殺されたことを「本能的に『理解できるフリ』をしてどうにかその局面をやりすごそうとしたのではないか。」と考える鷺沢先生のように、私も、なんでそんなことを考えるのかを考えた。

 まず、こんなところで両親と寝るくらいなら、ひとりでビジネスホテルか商人宿で寝たい。ホテルに泊まるのなら、やっぱり旅行だろう。旅行に行くのなら、今の有さんならセブ島に来て休みなよといってくれるFacebookの友達がいる。それでパスポートを連想したのではないか。

 もう、この思考自体、だんだんと自分が東京にいるという現実から離れて行っている。やはり、ここに居てはいけない、帰らなければ。そう思って実家を出たのは昼過ぎだった。帰りはバスに乗らずに北小金駅まで歩いた。途中、同級生の家の前を通ったが、どこも表札が変わっていた。

 私の両親は、なんで、こんな田舎に90坪という無駄に広い土地を買ったのだろうと思った。みな、東京に出戻っているのに、私の両親は、その、無駄に広い家があるから都心に戻れないのだ。私が物を捨てられないように、土地が両親の心の隙間を埋めているのかもしれない。

 かくして、私は、親は郊外に置きながら自分は都心に住むというキャリー・ブラッドショーのような生活をしている。やっていることは、月とスッポン以上に違うけれど。そして、今日、こんな文章を長々と書いたこと自体、まるまる現実逃避をしているような気がしてならない。

 

P.S. 実家の棚に生っていた葡萄。奥のものは鳥除けなのか新聞で包んである。例によってInstagramより。田園生活がしたくても、松戸まで行かず、せめて田園調布くらいで止めておいて欲しかった。

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