身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

自分に向かう殺意。

 良かった、適切なタイトルが見付かった。実は、このエントリーだけお盆という季節が来ないのではないかというヤなタイトルだったのだが、考えに考えた挙句に出てきた。さすがコピーも書いていたことがある瓜ヶ谷だ。自画自賛

 さて、私は1人の作家にハマると同じ人の作品を徹底して読む癖があるのだが、相変わらず鷺沢萠先生の作品を読み込んでいる。書評は、あるていど読み終わってから書きますね。

 作品を読みながら、あぁ、これだけ命を削って書いていれば死ぬよな… と思った。私は、昨日、切羽詰まった感じと書いたが、周囲の人間は、私が自殺するのではないのかハラハラしていたらしい。

 大丈夫です、死にたい気持ちもなくなりました。しかし、私は自殺未遂をしたことがあるので、このくらい苦しかったら死ぬなというのが、なんとなく解る。私が鷺沢先生と同じ品質の文章を書いていたら、間違いなく死んでいる。

 実は私は作家を志したことがあって、小説、しかも、かなり硬派な純文学を執筆をしていたこともある。そして書きながら、ポイント・オブ・ノー・リターンが見えてきた。あぁ、これ以上、この力で書き続けたら死ぬな、と思った。

 死にたくないので、その小説は休筆中だ。プロローグとエピローグだけは最初に書いておいたので、そこだけ引っ張り出して他人に渡した。本文は、途中で放り出して次を書くわけにはいかないし、原稿用紙は捨ててしまおうか迷っている(コンピューターのテキストファイルにはしてある)。

 「医者の考える幸せ。」というエントリーに書いたが、良い作品を作るより心穏やかに過ごせるほうが幸せというのが医者一般の考え方のようだ(私の主治医は、そうでない生きたかも「否定しない」とは言ってくれているが)。しかし、私は、ある程度の苦痛があっても、身を削りたいと思っている。

 サラリーマンをやっていて、どの会社も精神病でクビになった人間だが、物を書いていると、苦しいが、そういう気が違ったようにはならないのだ。だから、自分を殺さない程度に苦しんで物を書けたらと思う。

 同時に、鷺沢先生が生きていたら、そこまで命を削ってまで書く必要はありませんと言ってあげたい。もっと色々なものを読ませてほしかった。自殺を止めたいとか大それたことは思わないけど、生前に、どうして読んで会いに行かなかったのか。非常に悔やまれる。

 

 

P.S. "Tokyo Sihgtseeners' Guide - Shibuya Part 4"エントリーHMVの渋谷は中古レコード屋しかないみたいだと書きましたが、"HMV&BOOKS SHIBUYA"という店舗がありました。

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 また、渋谷駅前"MAGNET by SHIBUYA109”の屋上展望台"CROSSING VIEW"では、期間がいつまでかは調べてこなかったのですが、入場料無料で営業中です。

※音が出ます