身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

普通に生活がしたい。

 昨日まで、1日に18時間、寝ていた。入浴どころか洗顔すらできず、医者も、起きている時間に予約に空きがあるか訊いて飛び込む始末。

 もう、風呂に入っていなくて、耳の後ろなどは褥瘡になっている。歯も顔も洗っていないなくて、外見は、さながらホームレス。

 いつも悔しく思うのは、社会人は会社があるから眠くても我慢して起きるんですとか、億劫でも次の日があるからシャワーを浴びるんですと言われること。

 さらに私は実家にいたとき、親に無理に起こされそうになり、手を振りほどいたら家庭内暴力だといって110番通報された。

 薬が変わって起きられるようになったが、今朝、目が覚めても脱力で何もできなかった。まだ体がフニャフニャしている感じがする。

 もう何十年も、こんな暮らしをしていて、家の中は、すっかり汚部屋と化している。それに安泰といういう人もいるだろうが、私にとっては居心地が悪い。

 私は、学生時代に実家から親の実家へ、親の実家から賃貸のワンルームに、そして今の部屋へと3回ほど転居している。どれも引っ越し屋は使っていない。

 どこも知った町のせいか、環境がセンセーショナルに変わったという感慨はない。それでも生活は変わった。

 それが、やがて淀み始める。対外的な理由がトリガーになっているが、それを正す力がなく、そのまま流されてしまっている。

 今、新天地で新しい生活をしたい気持ちが大きくなっている。郊外の広い一戸建てで、毎日、掃除機を掛けて数日に1度はカーテンも洗うんだ。

 欲しい家もある。北鎌倉の瓜ヶ谷にある(私のハンドルネームはここから来ている)土地は90坪だけど水屋付きの茶室がある純日本家屋。

 値段は7,500万円。ちなみに私の実家は千葉の松戸にあり、上物は傷んで評価額ゼロ(売るとしたら上物ありの土地扱い)だけど2,000万円ほど。

 しかも勤め人だった両親に比べ、私は無職で、月に7万円しない障害基礎年金で生活してる。これを分不相応だとかいろいろ言う人は多い。

 しかし、こういう夢を描くのも悪いことではないと思う。そういう心もとない夢に縋(すが)ることが、唯一の生きる希望だ。

 

2018年11月追記

 医者を変わったら起きられるようになったものの、相変わらず、仕事ができない。バイトをしてみるが、力作業も単純作業もできない。

 これだけ感情の振れ幅が大きいのだから、それを使って物を書こうと思っても、本を読むことさえ禁じられていたので、どうして良いのか判らない。

 父が死んだが、松戸の家どころか、母は、父の物というのは即ち母の物であり、私にはビタ1文やらないと言う。(実家の価値も2,000万円もなかった。)

 私は大学どころか高校の学費さえ払ってもらえず、大検を取って自費で入った大学でさえ辞めさせられたのに、父は中学から私立に行っていたことが判った。

 相続の手続きをしているのだが、母は、父の財産を母が使い続ければ、そんなものは本来は不要なものであり、私が遺産をブン取るために嬉々としてやっているとナジる。

 普通に仕事をして普通に酒を飲んだり旅行をしたり、家族と触れ合ったりしていたい。そんな生活が羨ましくて仕方がない。