身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

芸術品を買い漁る精神科医のこと。

 もう20年以上前、学生時代に通っていたクリニックのこと。私が叔父の家で暮らし始めたときで、そのクリニックは親が見付けてきた。

 今では別天地になってしまったが、JRの駅を東京湾に向かって降りた薄暗い雑居ビル街の急な階段を上った2階に、そのクリニックはあった。

 院長は、今はクリニックを数軒、経営しているとのことだが、当時は、そのクリニック1軒だった。私には悪い印象しかない。

 今でも覚えているのは、いつも自動車(外車)雑誌を読みふけり、患者が来ても顔を上げない医師の頭だ。診察室で目を合わせたことはないかもしれない。

 そのくせ会計のときになるとノコノコと受付に顔を出し「今日"も"病名を変えたから初診料を乗せておけよ!」と患者に憚ることなく言う。

 親に医者を変えたいと言っても、毒親には、自分たちの選んだところだから気に食わないんだ、飽きっぽくてドクターショッピングがしたいんだ、となる。

 当時は精神科のクリニックの情報など世の中に出回っていなかったので、地元の都立病院に駆け込み渋谷にあった恩田クリニックというところに繋いでもらった。

 その医者の悪評は恩田クリニックの院長・恩田禎先生も知るところだった。その後、いろいろな医療機関に掛かるが、この業界は世界が狭いようだ。

 数年前、区の精神障害者施設に行ったら、他の利用者から、こんな話を聞いた。冒頭に書いた医師に、障害者年金(障害基礎年金)を受けさせてやると持ちかけられたそうだ。

 それも、年金は2ヶ月で12万入るから6万円のバックマージンをよこせと言われたとのこと。しかも、現金で貰うのはマズいから、自分が沿線に住む東急の商品券でと。

 その利用者は、そういう融通が利く良い先生だと言っていたが、私だったら気持ちが悪い。情報料を取るのか? 虚偽申請をするのか?

 すっかり、その医師のことは忘れていたが、他の人と芸術の話をしているときに、その名前が出たので思い出した次第だ。

 新進気鋭の芸術家の作品を買い漁って、初台の東京オペラシティーで億の金を掛けて自分のコレクションの展覧会を開いたとのこと。

 その人は、金の出所なんて考えもせずに芸術にも造詣が深い医師というふうに受け取ったらしい。

 私が今でも、その医師の患者だったら怒り狂っていただろうと思う。そうしたら、その医師のことだから例えば親に巧いこと言って病院に閉じ込めたりしそうだ。

 

P.S. これは、また他の人に聞いた話で信憑性が低いが、そのクリニックの構造的な入りにくさから、入るか入るまいか迷っている人がクリニックの周りをウロウロしていたとのこと。この話をした人は、名が売れた俺の診察を受けるんだから、そんなことで受診を躊躇うのなら帰ってもらって結構という考えではないかと言う。