身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

鎌倉文学館特別展「漱石からの手紙 漱石への手紙」展・文学講座「手紙の筆蝕」

(旧Blogより転載)

 

 

(「筆蝕」という表現は、もとは文字とは篆刻(石を蝕む)することに由来するので「筆触」の誤字ではないとのこと。)

書家の石川九楊先生による講義は意外にも面白かった。「意外」というのは後述するがスカを引いちゃったかな… と思ったので。ちなみに私が触れた漱石に関する評論や講義の中で、巽孝之(私は先生とは呼べない)による講義は最高にクズだった。

英米文を専門とする巽氏に漱石を論じろという方が悪いのかもしれないが「英語でクリティカルという言葉には『批判』と同時に『危機』という意味がありまして漱石を評論することは危機であります」って…。自分で課題を選んだんでしょ。

私と一緒に同じ講義を受けていた慶應の現役学生は、巽氏に確実に聞こえるような音で「バン!」と机と椅子を蹴っ飛ばして出て行った。そうでなくても聴講者が少なく、出て行けば判るのに。でも私も学費を払う身分だったら、そうしたと思う。

さて、今回の講義の前に石川先生の作成した資料が配られたのだが、これが個性的というか悪筆というか…。あと、前フリが意外と大事。館長による「賞を多く受賞されて」という紹介で、賞を獲れば良いってもんじゃないだろうという気分になった。

一応は講義だからだろうか、ジャケットを身に付けた石川先生はただの貧相なオッサンにしか見えない(脱いだら締った身体をしていた)。さらに手紙が文学として成立するための歴史というのが、どうも胡散臭い。この一連の出来事で、私は眉に唾を付けた。

しかし「漱石が揮毫したものも『漱石が…』ということで評価されている部分も多いかと思いますが」と、ここまで聞くと、流行りの言葉でいう「ディスり」かと思ってしまうが、「しかし手紙は違います」と続いて、オーッと(実は私も漱石の字は下手だと思っていた)。

資料として配布されたのは明治43年10月31日付の鏡子夫人に宛てたもののコピー。一応、比較資料として弟子に宛てた一通も配布されたのだが、あくまでも自説の裏付けで、補助的なもの。

そして「字が下手な漱石の手紙が『書』として評価される理由」の解説。録音が許されなかったので聞きなおせないけれど、具体的な文字の特徴を上げて、そういう表現(例えば手に力が入っている、筆の動きが早いなど)になる心境を読み解いていく。

なにやら書道で褒め言葉に使うらしい四字熟語を挙げて、一葉一葉、違った表現があるのは表現の幅が広いということだということで、これは漱石の文学に通じるのではないかということで〆となった。

疲れているので簡単にまとめると、「書道」を文学として楽しむ方法が解って良かった。今度の日曜は、展覧会の企画協力をした早大名誉教授・中島国彦氏による講義。あれだけ簡単な漱石文学でも私には解らないところが多いので、かなり楽しみ。

 

P.S. 鎌倉の町並みは美しかった。鎌倉風致保存会なる財団があって、その建物からして、この写真のような建物(事務所は本館ではなく蔵らしき建物を使用)。

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