身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

デジタル時代に古い写真を見て思うこと。

 昨日は床屋に行ってカメラ屋に寄ってきました。

 

 普段からカメラを持っている私は、どんな写真を撮っているのか訊かれて、街の写真、と答えたら、床屋のご主人が古い写真を持ってきた。

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 東横デパート(現・東急百貨店東横店)から見た渋谷道玄坂の写真た。都電が走っている。トロリーバスが走っている。

 意外とランドマーク的な建物は今も何かに変わっても存続しているので、どこを写しているのかは判る。

 今回は左手前に「渋谷」の看板が見える映画館(現在の東映プラザ:マクドナルドとビックカメラがテナントだけど映画館も建物内に残っている)で位置関係が判る。

  私の母は育った最寄りの繁華街である渋谷の街については非常に細かく覚えていて、公園通りに協会があったなどと言うが、今もビルのテナントとして残っている。

 この時代の写真で判らないのは「いつ写したのか」ということ。私が生まれた年(昭和47年・1972年)が都電全廃の年なので都電は知らない。

 そして、それから数年後の写真からは、すでに物心が付いていて、東京生まれ育ちの私には、何となく記憶で、いつごろと言える。

 しかし、都電があった時代=私が生まれていない時代のことは、親や近所の年寄の話から推し量るしかない。

 私が子供のころ、関口宏さんが「テレビあっとランダム」というTV番組をやっていて、「らんだむ写真館」というコーナーがあった。

 なぜか都電が写っている写真が圧倒的に多くて、その番組でも、皆、場所は当てられるのだけど時代が判らない。

 うちの親も近所の年寄も「?」なのはトロリーバスという存在。皆、記憶にあるのは都電から都バスへのリリーフで短命だったということだけだ。

 しかし、短命だからピタッと「いつ」と言えるのかというと、そうでもないらしい。そもそも、彼らも、どこを走っていたのかすら覚えていない。

 

 その後、カメラ屋に行った。私は、以前書いたように、普段はコンパクトカメラではなく小型一眼レフ(いわゆる入門機・ママさんカメラというヤツ)を使っている。

 それが夜になると使い物にならないことを前々から感じていた。結局は中級機を持ってくる羽目になり、さすがに買い替えかなと思ったのだ。

 私の持っているカメラの後継機(ちなみに私のカメラから数えて3代目)が、私が買ったカメラと、ほぼ同じ値段になっていた。

 私が使っているカメラ(ちなみに調べたら5年前の物)も乾電池が使えるということで中古では今も人気なので、そんなに値段が落ちていない。

 ほぼトレードオフで、これに買い替えようと思うのだけど、と店員さんに相談。ところが、あまり勧めないという。

 デジタル技術の進化で確かに画質は向上しているけれど、やはり入門機は、それなりにできているらしい。

 技術の進歩は激しいから同じクラスの製品だったら新しい物の方がいいという私の考えは間違えていたようだ。

 私が使っている中級機と入門機の間に、新しいクラスのカメラができたので、買い替えるのなら、それにグレードアップした方がいいと言う。

 

 ここで思ったのが「フィルムの時代だったら新しいフィルムと新しいレンズを買えば、いつも最新の画質にできた」ということ。

 レンズに対する投資は今と変わらないとして(それでも今より驚くほど安いけど)フィルムを買い替える方がカメラ本体を買い替えるより、よほど安い。

 なんか、買い替える気マンマンで店に行ったのに、店員に止められて帰ってくるという…。そして、型落ちになるのを待とうかなという気になった。

 また、 私が子供のときから、白黒フィルムとリバーサル(スライド・印刷用)フィルムは3代くらいしか変わっていないのではないか。そうそう型落ちにもならない。

 それがデジタルカメラだと、私が持っているカメラでも5年で3代も代替わりしている。逆をいうと型落ちになっても1・2年前のものなのだ。

 

 これらの2つの事柄が、どこで繋がるかというと、撮られた写真の画質で時代が判るのではないかという考えが、カメラを買う意欲と同時に挫けたのだ。

 上に掲げた写真は原版を、撮影者がスキャナーでスキャンし、さらに私がスキャンしたものだ。しかし原版を見ると、ものすごく粒子が細かくてシャープだ。

 確実に昭和47年より前の写真なのに3年前に写したと言っても通用する(印画紙は新しいようだった)。しかしスキャンされた写真はグラビアの網点よりも荒い。

 カメラは知らないが、それだけシャープなレンズを持っていて、黎明期にスキャナーを持っているということは、撮影者は金を持ってた人なんだろうなということ。

 結局、安物は、それなりに、わざと質を落として作られているとしたら、技術の進歩とは比例しない。

 似たことは床屋のご主人も言っていて、今回の私ではないけれど、写真をやっている人は、いいカメラが欲しい。

 私は年金生活者だから諦めが付くけど、金が掛けられる人は、幾らでも注ぎ込んでしまうようだ。

 カメラ雑誌やネットの販売情報(個人売買を含む)を見ていると、新製品が出ると、それまでは新製品だった機種が大量に売りに出る。

 私なんか、自分が今まで使っていたカメラに愛着はないのか疑問なのだけど、昔から無趣味な金持ちでも車は新しいのに乗っていたことを思い出した。

 

 結局、技術が進歩しても、安物は安物なりなのだなと思った。今はフィルムカメラがブームなのは、そこではないか。

 5,000円くらいの中古で、中級の、そこそこの機種が手に入る。それで最新のデジタルカメラと遜色のない写真が撮れたとしたら魅力だ。

 しかも全自動の今のカメラと違って自分の技術で良い写真が撮れたとなったら、それは撮り甲斐もあるだろう。

 やがては旧車みたいに古いデジタルカメラもプレミアが付く時代が来るかもしれない。ただ、やっぱり希少な高級機に限られるのだろうな…。