身の上話

身の上に起こった、嘘のような本当の話。タイトルは佐藤正午作品から。

篠田節子『純愛小説』を読む。

  9月25日にアップした、書評とも感想文とも呼べないものが意外と好評だった。このときに借りた掲題『純愛小説』を読み終わったので、ちょっと書こうと思う。

純愛小説 (角川文庫)

純愛小説 (角川文庫)

 

 

 前回は感想文みたいな感じだったのだが、今回は、ストーリーとは関係なく、読み解く上でのポイントを高校や予備校の現代文の授業のように上げていこうと思う。

 というのは、今回は、あまりオチがない(ネットを見ると「意外な展開」などと書かれているページもあるが想定の範囲内)。私は篠田先生の作品の魅力はストーリー展開よりも無駄のなく核心を突いた、巧みな心理描写にあると思っている。

 篠田先生の作品について書くときに、やりにくいところは、前回、書いた『ジェスマイヤーの手』みたいにキーになるものをタイトルに着けてしまうところだ。オチが想定の範囲内というのは、タイトルを見れば結末が判ってしまうのだ。

 

 

 さて、この本は4編の短編小説から成っている。『純愛小説』『鞍馬』『知恵熱』『蜂蜜色の女神』だ。

 

 最初の『純愛小説』は、この小説が純愛小説なわけではない。最初に恋愛小説が出てくるのは、主人公が恋愛小説の敏腕編集者だったところだと思う。ここでは準主人公である遊び人だった柳瀬の気持ちを汲みながら読んでほしい。

 柳瀬は妻に離婚を切り出されるが、理由が皆目見当が付かない。柳瀬は若いころイケイケ(っていっても判らないか… でも、時代的にもバブルの時代の話)で、しかし今は落ち着いて家族のために生きている。

 私としては、オチなんかより、この柳瀬の心理的変化が「読みどころ」だと思っている。柳瀬が、どのような気持ちで家族に接しているのか。イケイケだった柳瀬が、どんなことを感じて今のような生活態度になったのか。

 

 次の『鞍馬』では豪邸(場所と広さの描写だけなので東京の土地勘がない人には判らないでしょうけど、本文中だと8,000万ということになっているが現実には2億は下らない)に住んでいたのに全財産を失った老女・静子の物語。

 最初は老女の妹、優子の視点から静子の現状が描かれる。途中から視点が優子から静子に変わるのだが、寝ぼけていて、どこで話が変わったのか判らなかった(笑)。ただ、優子から見た静子の人生と、静子自身が感じている自分の人生は、大きく違う。

 人はそれぞれ、生きたい生き方が違う。私ごとで恐縮だが、サラリーマン時代、出世したいと思ったことはない。見苦しいほど必死に業績を上げて上司にアピールして、それだけの対価を得られるものとは思わなかった。

 この作品の中で、出世街道を上ってきた優子は「いつもなにがしかの有意義な次の目標に向かい、歩き続けてきた。」と書かれている。父親を亡くし、この三姉妹(静子・優子の下に弥生という末の妹がいる)を支え、妹たちが独立しても、ひとり母の介護をした静子。

 「外出も旅行もほとんどしたことのない」「家族から感謝の言葉など、かけられたことがなかった。」さらに恋愛らしい恋愛もしたことがない。この、静子の気持ちを汲み取ってもらいたいと思う。

 その静子が、バカなことだと解りながらも財産を切り崩していく気持ち。破綻へ向かっていると自覚しながらも、それを幸せと感じる気持ち。今まで動かなかった静子の気持ちが動くさまを読み取っていただきたい。

 

 『知恵熱』は、非常に説明に困る作品だ。籠の鳥のように育ててきた一人息子が東大に入って彼女と付き合い始めた。それが父親にバレるのだけど、彼女の方は、屈託がない。そんな彼女を父親は眩しく思う。

 私が男性だからかもしれないけれど、まったく、その通りとしかいいようがない描写。この作品以上でも以下でもなく、どういったらいいのか困る。苦し紛れに篠田先生らしい的を付いた描写と書いておく。

 

 『蜜蜂色の女神』は、昨日、睡眠薬を服んだ後なので、あまりしっかりと覚えていないのだけど(かといって読み直すと最初に読んだ感動はなくなるので、文学作品は時間を置かないと読み直さないことにしている)、ひと回り以上歳上の女性の「体というか、彼女とのセックスが良くて、自分ではどうにもならない」男性の物語。

 男性の妻がメンタルクリニックを訪れる。夫のババ専という趣味は異常な病気ではないのかと医師に訴える。しかし、異常なのは、趣味趣向ではなく、夜中でも会社を休んででも、その女性の肉体を求めて出掛けるところ。生活に支障を来している。

 「仕事してても、急にそういう状態になって、がまんできなくなってしまうそう」で、本人も「頭の中がそれだけ」という言葉を初めて実感する。しかも「いや、『頭の中』だけではすまなかった。全身が『それだけ』しかなかった」という状態。正直いって私には解らない。

 前作品が、解った、解ったと、主人公の肩をポンと叩けるようにストンと腑に落ちていくのに対し、これは、ぜんぜん理解できない。篠田先生は、この感覚を理解して書いているし心理描写の名手だけど、これは一向に解らない。

 

 ザーッと4編の私なりの読みどころ(?)を挙げてきたが、3作品目は解りすぎる、4作品目は全く解らないと、そんなことでいいのか、読みどころではないではないかという文章になってしまった。

 

 ただ、小説だからテーマはある。自分の価値観を他人の価値観と同じだと思い、痛い目に遭って後悔するというところが共通した結末だ。